2001.06.15(マンガ・アニメの話より)
新説 (←そうでもないと思う)・夢幻紳士
こんなものを考えてどうなるという気もするが、まあひとつ冷静になって考えてみよう。おそらくここから先は『夢幻紳士』シリーズをはじめとする高橋葉介作品をいろいろ読んでないと心底なにがなんだかわからない話になるだろうが、もうこのさいだからひとつ馬鹿になって考えてみよう。まずそもそもえーと、例の先生の名字が「夢幻」じゃなかったはずだから、つまりこれは高確率で母方のほうの祖父が魔実也だということになる。そうか魔実也氏の子供は (一人っ子であるとは限らないが) 女性か。名前は「魔子」だろうか。それはもちろんアニメージュ・コミックス版のほうの娘の名前だが、しかし夢幻猫や明鈴がアニメージュ・コミックス版と怪奇編 (と思われる世界) の双方にいる以上、夢幻魔子がいても不思議はあるまい。
じゃあこの<怪奇編≒アニメージュ・コミックス版>リンク説をそのまま押し進めてみると、魔子の母親の名前は「福音温子」ということになる。もちろん怪奇編に「福音温子」と名付けられたキャラクターは登場していないので、怪奇編「福音温子」はマンガ中に登場しないか、あるいは誰か名前のついていないキャラクターが本当は「福音温子」だということになる。まあ、やっぱりそれは誰かっていうと『夢幻外伝』の「下宿の娘」ということになるんだろうけどさ。髪型も設定もぜんぜん別人だけど、性格といい顔つきといい似てるし、だいいち健気に「魔実也」に惚れ込むという設定はまさしく福音温子といえる。
アニメージュ・コミックス版での福音温子の設定といえば元カフェーの女給で、そのへんにこだわるなら『夜の劇場』の回に登場した女給こそが「福音温子」である、という線もあるだろうが、どう考えても彼女の子供っていうのは無理がある。やはり下宿の娘だろう。
話の流れからいってもそうでなくっちゃいけない。「橋の上で修羅場を演じた姉御」でもあるまいし、行きずりの女なんてのはもっての他であろう。洒落た遊び人たるものそんな下手を打つような真似をするものか。ましてあの夢幻魔実也が。やはり相手はあくまで「下宿の娘」であって、プレイボーイで鳴る魔実也氏にも年貢の納め時が、いつだかは知らないけどやってきたと考えるのが妥当だろう。
と、「いつだか知らないけど」とか書いたけどそういえばその時期ってけっこう重要になってくるんじゃないのか。いま気付いたけど。
えーとそうか『帝都物語 TOKYO WARS』によれば日本敗戦の1945年までは少なくとも (青年のままで) 生きているんだよな、夢幻魔実也。あの描写をみるかぎり特に係累がいるようには見えないので、この後で結婚?して娘が生まれて、とかなるんだろうが、なるほどたしかにその子供のさらに子供が現代における若い美人教師であるところの九段先生 (←いま名前思い出した) と考えれば、年齢計算がちょうど合う。
計算は合うが、しかしそれだと魔実也氏の細君が「下宿の娘」という辻褄の方が合わなくなってくるなあ。なにしろ彼女はどうみても一般人で、夢幻外伝は昭和初期のころの物語 (夢幻外伝『烏』の回参照) だから、敗戦のころにはそれなりの年齢になっていることになる。まあ、そういう彼女と結婚するというのもそれはそれでかなりアリという気は非常にしますが。
ところでここまで「九段先生の祖母=下宿の娘説」で検証してきたのと別に、まだ話に出ていない祖母候補がいるんだけど、それはもうここまで話につきあってくれている人ならお気づきの通り、「黒い天使」である。夢幻外伝の最終話に出てきた「肉体的には死んでいる」女性。
なぜ魔実也は彼女を成仏もさせず、ただひたすら足しげく (←たぶん) 会いに行っていたのか? なんたって夢幻魔実也といったら「できれば魂より肉体 (からだ) とおつき合いしたいものだ」と思ってはばからないような男である。そんな彼が現世で迷っている死人の霊を彼岸に送るでもなく病院に<保存>しつづけている様子を見れば、そこに何か特別な感情があると思わずにはいられない。まあ、途中彼女をおいて長旅に出たりもしているけど。あとたぶん道中あちこちで浮き名も流している。
それにしたって『黒い天使』の回のラスト、東京大空襲の焼け跡で魔実也を待つ彼女と迎えにくる魔実也の姿といえば、まるで運命の再会かなにかのような雰囲気すらただよわせている。ちなみにこの焦土は東京大空襲ではなく関東大震災後という見方もあるが、その前に魔実也が「長い旅」に出ているということは、やはりその行き先は『帝都大戦』の満州であって、時期的には東京大空襲後と考えるのが自然だと思われる。「光に包まれて肉体が消滅した」という表現も爆撃を思わせるし。
あと彼女に関して残る問題というと、肉体がないのに子供を産むもなにもあるまい、という点なんだが、いやでも夢幻魔実也だし、なんとかなるか。
さてそこでじゃあ「下宿の娘」と「黒い天使」のどちらが魔実也氏の心を射止めたのかという話である。「黒い天使」はその登場がいかにも唐突だったが、そのなれそめはいかにも生涯の伴侶という雰囲気がある。一方「下宿の娘」は魔実也の態度こそつれなかったが、しかし話の筋道としてはいつうまくいってもおかしくない様子でもある。この二人のうちどちらか、と考えて間違いはなさそうだが……。
さて諸君、なんつってここで唐突に話しかけてみたりしますけど、諸君は「下宿の娘=黒い天使」という説をご存知だろうか。いや、本当のとこいま僕が適当に言ってるだけなんだけど。
しかしこう考えるとすべての辻褄が合うのである。ここはひとつ仮に、下宿の娘が何らかの事情で死亡して、さらになんらかの事情で魂が肉体にとどまったと考えてみてほしい。そしてその結果、記憶を失なっていると。こうなれば彼女に対する魔実也の執着も納得がいくのである。というかだいたい何より、「下宿の娘」と「黒い天使」は顔がそっくりじゃないか!
そうなのだ。下宿の娘が髪を下ろすと、本当に黒い天使そっくりになるのである。たしかに「髪型と服を取りかえちゃえば誰が誰だかわかりゃしないのよ」(アニメージュ・コミックス版の福音温子) という声もあるが、それにしても似ていることに間違いはない。特に『夢幻外伝』では「黒い天使」の登場までは何かしらの形で「下宿の娘」とその他の女性の顔に区別がついていたことを考えると、これはもう同一人物と考えていいんじゃないだろうか。
つまり話をまとめるとこうだ。
昭和初期に「下宿の娘 (福音温子)」は若いまま死亡して、魂は記憶のないまま肉体にとどまった (もしかすると本人の意思かもしれないし、また魔実也がそうさせたという可能性もある) 。その肉体は防腐処置を施され保存されていた。いっぽう魔実也は二・二六事件のころに「つまらん街になってきた」東京を後にし、「長い旅」に出る。この旅に関しては謎が多いが、終戦直前の満州でその姿が確認されている。
ふたたび病院の一室で「長い長い間」(1936年〜1945年?) 待ち続けていた温子だが、米軍の空襲でその肉体は消滅する。この頃魔実也も東京に戻っており、温子の前に再び現れて彼女が「何者か/どこへ行くのか」を答えることとなる。
その後二人のあいだに生まれた娘が夢幻魔子。おそらく魔実也は「いい父親になっちゃ」って「娘でも出来たらすごい子ぼんのう」だったに違いない。その魔子が嫁いだ先が九段家で、その娘が「九段先生」ということになる。
お、おい良くできてるよコレ!? すべての伏線がひとつに繋がってますよ? それは言いすぎにしてもだ、とにかくこういう視点で読み返してみると一見ストーリーも何もないように見えた『黒い天使』の回が実は悲しく美しい愛の話に見えてくるというから妄想というのは凄い。
凄いついでにさらに妄想をすすめれば、『夢幻外伝』1巻巻末の短編『ライオン』に登場する謎の少女である。彼女の黒い帽子は夢幻魔実也その人を思い出させずにはいられないが、もしや彼女こそ九段先生なのでは? この人を魔子とする見方もありそうだが、時代 (戦後から復興しているようだったり公衆電話がピンク電話だったり) 的には九段先生の方でちょうど合うような気がする。「ライオンの雄って自分の子供にはけっこう子ぼんのうなのよ。人間とは違うわ」と言っているあたり、父親にあまり愛されていなかったのか、それとも反抗期だったのか?
さらについでに言えば『夢幻外伝』2巻巻末の短編『白髪の女』に登場する「山岸さん」もまた『学校怪談』に無数に登場する「山岸」の一人であると思われる。山岸の顔を持つ「須田くん」と二人あわせて「山岸」というべきか。
そして『夢幻外伝』1話・2話に登場する「溝呂木博士」も『学校怪談』の「ミゾロギ」の祖父……ってことだけはないと思うんだけど。溝呂木博士といえば「女性を妊娠させることの出来ない体だった」そうだし、おそらく稀代の殺人鬼溝呂木博士にあやかって勝手にそう名乗っただけなんじゃないだろうか。いやあるいは『学校怪談』世界ではゆるやかに怪奇編とアニメージュ・コミックス版の世界が統合しつつあって (それだとあのドタバタノリの中に怪奇編魔実也が登場することも納得がいく) 、アニメージュ・コミックス世界の「ミゾロギ博士 (登場しないけど)」の孫がミゾロギだという見方すら可能だ。妄想を広げれば。