2005.06.01(その他もろもろの話より)
スキゾとかパラノとかうるせえよ!
とか(タイトル↑)昔は思ってたものですが。どうでもいい。いま読んでる小説でたまたまパラノイアな人がノートにみっしり小さな字で電波文を書くっていうシーンがあったんだけど、まあぶっちゃけよくある演出ですわ。みっしり小文字。
映画『セブン』(*1)のオープニングとかでも使われてましたけど、洋の東西を問わずパラノイアックになるとああいう小さい文字でみっしり書かずにいられなくなったりするんだろうか。普通に大きな文字で改行したり1字サゲたりするのがイヤでイヤでしょうがなくなったりするのだろうか。そのへん詳しくないのでよく知らないですが。
とにかく僕がふと疑問に思ったのは、つまりこういうことだ。
このIT革命いちじるしい現代、パラノイアな人だってパソコンで字を書くこともあるだろう。そんなときはどうするのだろう。
やっぱりワードパッドを立ち上げたらおもむろにフォントを6ptぐらいに設定したりするんだろうか。行間のサイズを設定できないソフトは嫌いだったりするのだろうか。フォントのチョイスにもみっしり感のただようArial-Boldとかこだわりがあったりするのだろうか。英語圏の人なんかだとEnterキーとか本当ジャマとか思ってたりするのだろうか。Wordが勝手にインデントを下げたりイルカが何か言い出したりするのにムキーとかなったりするのだろうか。あ、最後のは普通の人でも思うことですね。