人生: がんばれ俺

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2001.03.15(ドラゴンクエストVIIより)

がんばれ俺

 まあ別になにをがんばるとかがんばらないとかいう問題でもないんだが。
 どういうことかっていうと、マジな話眠いんですよ。もうスゲエ眠い。どうよ?っていうぐらい眠い。推測ですがおそらく近辺を『レクイエム』が矢を持って歩いているものと思われます。オ、オレとジョルノの体がッ!
 現在の進行状況といったら例の天下一決定戦的なイベント (優勝はジャッキー・チュン) も終わり、髪形の印象的な人が仲間になったあの場面で、これはついにあの懐かしい場所に行ったり行かなかったりするのかというなかなかのヤマ場といっていいだろう。いや本当の話先はおおいに楽しみではあるんですが、レクイエムにそばを歩かれてはまずい。「まずい」じゃねえっての。
 ところでドラクエで眠りといえばラリホーであって、こういう場合のたとえにはジョジョの奇妙な冒険をむりにひっぱりだすよりも素直にラリホーをかけられたとかなんとか言ったらいいんじゃないのか、と今ふいに思いました。甘い息をふきかけられたとか。えーとあと他に「眠り」状態になる攻撃ってあったっけ。

 とかなんとか書いてて思いだしたというか気付いたんだけど、そういえばドラクエは意外に技名のバリエーションが少ない。変な言葉だ、「技名」。すなわち技の名前である。すごくつまらない説明をしている。
 まあ今回のドラクエとかは特技というもののおかげでぐっと技のバリエーションも増えたんだが、敵の攻撃に関していえばこれはやはり限られている。
 これはつまりドラクエの戦闘モードでの文法というか、「××は〜〜をした!」という文章で表現するというお約束があるせいなんだろう。たとえばファイナルファンタジーとかだと敵がなんらかの技をかました時の説明は文章じゃなくって、ただ「〜〜」とだけ名詞で表示され、同時にある程度のビジュアル表現で説明されるようになっている。これなら技名も使いほうだいである。しかしドラクエ方式だとそうもいかない。
 だっていきなり「××は死のルーレットをまわした!」とか表示されてもプレイヤーは何のことかわからず困るだろう。だいいちまわすものなのか、それって。しかしだからといって「××は死のルーレットというぐあいのわざをつかった!」でもないだろう。それはますますいけないんじゃないのか。
 「××は死のルーレットを……!」 だめだ。それもだめだ。むしろそれではダイイングメッセージだ。ここにドラクエ的表現世界の限界があるといっていい。

 ドラクエは主に文章、それも特に話し言葉で大半を説明するようにつくられている。そういえばドラクエ以前の堀井雄二作品『ポートピア殺人事件』とか『オホーツクに消ゆ!』に至ってはナレーションもなくて、全部がセリフで構成されていた。考えてみればそういう表現を発明したのが堀井雄二だった。つまるところこの人のシナリオというか表現に対する姿勢がそういうことになっているのだろう。それはそれで悪いことという気はしない。ちょっとかたよってるような気はしないでもないが。
 ああそうかそれならこういうのはどうだ。「『××に注意するのよ! あ、あれは死のルーレット!!』」仲間がそう叫ぶのだ。
 うるさくってしかたがないと思う。

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