人生: 過去ログ 2004年03月

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過去ログ 2004年03月

※下に行くほど新しい記事です。

2004.03.07(ドラゴンクエストVIより)

殺しの呪文

 こちとらインフルエンザのアレでたいへんな頭痛になっていたのでずっとドラクエやれてないけど、元気です(とってつける)。
 このままではダメになりそうなので、なんとか今のうちに具体的な表現を避けつつ現在の進行状況を示すなら、空に関連する睡眠器具問題をなんとかしたところです。ちょっといい話でした。個人的に好きなたぐいの話でした。

 それはそれとして、その間印象的だったのが例の死の呪文だ。ごく普通に言っちゃうと、ザラキの呪文だ。あと、ザキの呪文。ちょっと前あたりからなんだかパーティーの魔法担当(他には肉弾戦担当がいる。広報担当とかはいない)がこの呪文を憶えて、なにかと使うのである。そしてそれがまたよく効くのである。お、お前、神なんじゃねえの?

 この感慨をご理解いただくにはもうちょっと説明が必要だろう。えーと僕は基本的に戦闘は「めいれいさせろ」以外を使っている。つってもドラクエやらないと意味わかんないだろうけど、要するにオート戦闘やってるって事ですよ。ドラクエでは『4』から採用されたこのオートモード、当時はAI(人工知能)なんて立派なことまで言ってましたが(*1)いまでもAIって言い方してるんだろうか? 少なくとも現在のドラクエのオートは狭義の人工知能ではないはずだ。だってズルしてるから。
 いつの間にかドラクエのオートは敵のスペックを裏読みするようになっていた。本来知っていないはずの情報にもとづいて行動を起こすようになっていた。というかプレイヤーですら知らないような、敵のHP残量とか魔法のかかりやすさとかを彼らは知っているのである。おかげでオートにしておいた方が手動でやるより効率がいいという逆転現象が起きていて、これはいかがなものか。

 もともとは『4』のAIがどうしようもなかったのが問題だったのだ。
 そう、あれは『4』の発売前のころ。堀井雄二はじめ制作スタッフ的には「オレ達ものすげえ良くやったよ!」という満足感につつまれていた。いや、まあそんな口調じゃなかったけど、制作初期はどうしようもなく使いづらかったAIが、ゲーム完成時にはプレイヤーの行動と遜色ないくらいまでは行ったゼ!みたいな自信に満ちあふれたことを話していたんだって。
 で、フタを開けてみたら僕とかけっこうショックでしたよ。クリフトがザラキ連発するんで。クリフトのあのヘニャチンやろうがザラキを憶えたとたん回復呪文をさておいてあらゆる敵にザラキを連発しやがるのだ。そしてまずたいてい効かない。
 しかたないことであるとは言える。ザラキが効くモンスターかどうかは、実際に何度も試さないとわからないのが本当だ。ただ、まあ、ボス相手の戦闘でも「絶対効かない」「2度目はない」にもかかわらずザラキを連発するのは、いくらなんでもあんまりではあった。
 加えて『4』ではマニュアル戦闘完全禁止という思い切った仕様になっていたこと、さらにまだザラキのバランス解釈が現代と違っていて(*2)、かなり効きづらい呪文になっていたことも問題を悪化させていた。そのへんの条件があいまって、クリフトイコールダメおとこ、そしてAIイコールすっとこどっこい、という結論が導かれたのが『4』時代だった。
 その後このへんは「めいれいさせろ」コマンドの新設、さらにもう思い切ってザラキが効くかどうかとかHPの最大値がいくらかとか最初から知ってることにしちゃおうという決定とかによって、まあ非常に使えるオート戦闘になったわけですが、さすがにこれは人工知能ではあるまい。

 しかしあえて言わせてもらおう! 便利だからいいじゃん!(←ダメ人間の言い分)

*1 AI(人工知能)

いちおう「以前の結果をもとに次の動作を生成するプログラム」(狭義の人工知能)ではあるので、嘘ではない。でも語感からすれば言い過ぎだとはやっぱり思う。

*2 ザラキのバランス解釈が現代と違っていて

その強力な効果には代償が確かに必要だが、現在「強力なかわりにMPも使う」で落ち着いているそれがかつては「強力なかわりにMPも使うししかも効きづらい」と制限がキツかった。

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2004.03.22(映画の話より)

メキシコ伝説

 つう訳で観てきたのが『レジェンド・オブ・メキシコ』原題ワンス・アポン・ア・タイム・イン・メキシコ。原題の意味をくみつつも日本人にも分かりやすいタイトルでいい邦題だと思いますよ。
 で、ロバート・ロドリゲス監督によるメキシコ血しぶきガンアクションシリーズも『エル・マリアッチ』『デスペラード』に続く3作目。そろそろトーンダウンする頃合じゃないのー? 途中に『スパイキッズ』シリーズもはさんでるしロドリゲス監督すっかりオトナになっちゃってたらどうしようとか観る前言ってたもんですが、そこはスパイキッズが3作目だからって「じゃあ3D映画撮るしかねえよ! ジョーズもそうだしな! ガハハハ!」とか言い出すわれらがロド監督。前2作を超える銃バカパワー全開の映画に仕上がっていました。
 とにかく撃つ!そして殴る!やっぱり撃つ! 監督の「登場人物をいっぱい珍奇なアクションで殺したーい★」という思いが暴走して敵も味方も必要以上に大勢でみんな殺し合う。一般市民も巻き込んで。というか一般市民すら銃を撃つ気まんまんで、もはやまともな人間は1人か2人しか登場しない始末。この映画における命の重さは約1グラムと断言できる(ちなみにパチンコ玉は1個約5グラムだそうです)。こ、これだ! こんな映画を待っていた!
 それにしてもテレビの予告CMとか見るにつけ、前2作の主役にして伝説の男エル・マリアッチを演じるアントニオ・バンデラスをまったく無視して、脇役であるところのジョニー・デップをさも主役級であるかのようにクローズアップして宣伝するのはなにか、パイレーツオブカリビアンでアカデミー賞ノミネートされたしシザーハンズ等で甘い魅力(バンデラスに含まれていない成分)もふりまいてるデップで女性客にも1発売ったれイという汚い商売なのか、と義憤にたえなかったものですが……
 ……ゴメン、本当にデップが主役だったよ。
 ロドリゲス監督、なんでもこなせる俳優デップを使うのがよっぽど楽しかったのか確実に本来主役のはずのバンデラスよりもデップの見せ場を優先してます。それがまたバンデラスのガン=カタ級の神がかった動きと対照的にトリッキーなアクション連発のひと味違う格好良さ。なるほど確かに前作で神を超えて強くなったエル・マリアッチにはさせられない役であってデップにやらせるのも納得ですが、話の整合性とかドラマツルギーとか主役の存在感とかはけっこうおいてきぼりです。
 しかしここであえて僕個人の趣味からいえば、われらがジョニー・デップの魅力が大爆発した上にわれらがロドリゲス監督風味満載とくればむしろオールオッケーであって、大変気分のいい1時間半を過ごしたわけですよ実際。たしかに見終わった後から考えると、デップとバンデラスが後半1度としてからまないのは脚本上も破綻はなはだしいし第一あんまりな見せ場の損失ではないかとか、そういえばダニー・トレホ(職業:)もあんまり盛り上がらない出演だったとか、もったいないと思う点もなきにしもあらずですが、観てる最中はデップにもう夢中なので、良し!
 つーか観る前は、CMにつられたデップファンの女子にこの映画はつらいんじゃないかと思ってましたが、どっちかというとデップファン向けの映画なんじゃないかって今となっては思う。

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